福岡高等裁判所 昭和25年(う)2603号 判決
よつて按ずるに起訴状によれば、被告人は昭和二十五年六月四日施行の参議院議員選挙に際し全国区より立侯補した松村慎一郎を当選せしむる目的で、同年五月二十四日公職選挙法第百四十二条に定むる文書でない右松村侯補の経歴等を記載した文書百枚を小牧豊子を介して湊村農業協同組合に頒布し、同日同文書百枚を北波多村農業協同組合に自ら頒布し、更に翌二十五日同文書二十枚を玉島村農業協同組合に自ら頒布した、というのである、これに対し原判決は、被告人が右議員侯補者松村慎一郎の経歴を記載した文書を右各組合に配布した事実を認めながら、「該文書を松村を当選せしむる目的で有権者各個人に配布して之を頒布した事実は認められない」と説示し、被告人に対し無罪の言渡をなしたことは所論のとおりである。
公職選挙法第百四十二条の文書頒布違反罪は同条に規定する通常葉書すなわち選挙無料郵便物以外の選挙運動のために使用する文書図画を不特定又は多数の者に配布することによつて成立し、その直接配布を受くる者は小数であつても、その者をして更に不特定又は多数の者に配布させる目的で小数の者に配布する場合も同条の頒布に該当するのである。そうして同条はその頒布を受くる者の資格を制限してはいないし、又これを制限すべき何等の理由もないわけであるから、頒布を受くる者が選挙有権者であるか否かは問うところではない。本件において原審の取調べた各証拠及び訴訟記録を精査するに、原審第二回公判調書中証人伊藤政彦、同小牧豊子の各供述記載、原八蔵、坂本繁広及び霜山普之助の各顛末書、司法警察員及び副検事に対する被告人の各供述書によれば、被告人は前記選挙に際し全国区より立侯補した議員侯補者松村慎一郎に当選を得しむるため、選挙無料郵便物以外の同侯補者の経歴を印刷した文書を、農業協同組合の関係者多数に頒布させる目的で、昭和二十五年六月二十四日及び同月二十五日の両日にわたり小牧豊子を介し又は自ら、湊村農業協同組合常務理事原八蔵に同文書百枚、北波多村農業協同組合技手坂本繁広に同文書約百枚、玉島農業協同組合技術員霜山普之助に同文書約二十枚を各配布して、選挙運動のために使用する文書を頒布した事実を認むるに十分である。しかるに原判決が前記のとおり、同侯補者を当選せしむる目的で有権者各個人に配布してこれを頒布した事実は認められないと説示し、無罪の言渡をなしたのは、公職選挙法第百四十二条の解釈に関する独自の見解にとらわれて事実の認定を誤つたものというの外はなく、その誤認は判決に影響を及ぼすこと勿論であるから、原判決はこの点において破棄を免れない、論旨は結局理由がある。しかし敍上の認定をするには、右文書の頒布先に関し訴因の変更を命ずるのが相当であつて、本件は当裁判所において直ちに判決するに適しないからこれを原審に差戻すこととする。